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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)543号 判決

堺市浅香山町三丁目五〇番地

控訴人

仲野欣彌

右訴訟代理人弁護士

黒田喜蔵

堺市大字南瓦町一丁目五番地

被控訴人

堺税務署長

安藤真学

右指定代理人大蔵事務官

木村傑

岸本保三

右当事者間の相続税取消控訴事件について、当裁判所は昭和三十一年十二月三日終結した口頭弁論に基いて次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対する昭和二六年度分相続税として税額を六七、六四〇円、無申告加算税額を六、七〇〇円とした決定はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は控訴人代理人において、

一、控訴人代理人は原審において、本件家屋建築の総費用金七四三、四七三円のうち金一六三、四七三円(瓦代一、一六六円を含む)は控訴人の父仲野庄太郎からの贈与金であると主張しその贈与事実を自白したが、右は真実に反する虚偽の陳述であるからここにこれを取消し、右建築費の出所につき次のとおり訂正する。即ち、原判決摘示の右費用の内訳(イ)住宅金融公庫借入金金二八万円、(ロ)原告手持現金三〇万円、(ハ)父仲野庄太郎からの贈与金一六三、四七四円、とあるのを、(イ)右に同じ、(ロ)控訴人が大阪薬学専問学校(以下大阪薬専と称する)在学中昭和二一年七月より同二二年二月頃迄の間にズルチン等人工甘味料を製造しこれを販売して儲けた金員、及び昭和二四年三月同校卒業後同年五月から同二六年九月迄の間にその勤務先である巴物産株式会社薬品部、次いで大阪市立医大病院薬局から受けた給料の貯へ金にして当時控訴人の手持していた現金三〇万円、(ハ)父庄太郎からの借受金一六三、四七三円(瓦代一、一六六円を含む)と訂正する。

二、右(ハ)記載の父庄太郎からの借受金は昭和二七年二月以来毎月五千円位宛父に返済し昭和三一年一一月迄に全額支払済である。また、(ロ)記載のズルチン等製造販売による儲け金の内から昭和二四年一二月から同二五年二月頃迄の間に四回に亘り金一四万円を大阪市阿倍野区阪南町で薬局を開設した訴外橋本寿夫に貸与したが、本件建物の建築を計画したので昭和二五年三、四月頃数回にその返済を受けた事実がある。

三、本件建物の敷地は堺市浅香山町三丁目五〇番地山林一町八畝四歩のうち西北隅の一部で、その敷地面積は七五坪である。

と述べ、また、被控訴人指定代理人において、控訴人代理人の右自白の取消及び主張の訂正について、

一、原審において、控訴人代理人は建築費用のうち金一六三、四七三円は父庄太郎よりの贈与金であると自白し、被控訴人指定代理人がこれを援用してきたのであるから、被控訴人の同意なくして右自白を取消すことができない。また、本件において贈与か借入かは単純な事実認識に関することであり、錯誤の介入する余地がない。のみならず、原審において被控訴人指定代理人は昭和二九年一月二八日付準備書面を以つて控訴人が既に再調査請求及び再審査請求の段階で父からの借受金だと主張したことを指摘しているので、若し真実借受金であるとすればその後原判決のある迄に、右主張を訂正する機会が充分あつたのに、原審では全然訂正をしなかつたのは右控訴人の主張が如何に信用しがたいかを示している。

二、右再調査請求等の段階における借受金の主張については、貸付及び返済の事実を証する書類の提出なく、又控訴人の手帳等の提出もなかつた。また、父仲野庄太郎は昭和二九年九月一五日昭和二六年度分富裕税修正申告書を阿倍野税務署に提出しているが(同人提出の同年度分富裕税申告書に控訴人に対する債権の記載がないことは原審で指摘しておいた)右修正申告書にも控訴人に対する債権の記載がなされていない。

三、次に控訴人の主張する手持現金三〇万円のうち一部が給料の金であるとの点は原審における原告本人尋問の後段に至つて初めて供述したものであり、また、手持現金の貸付の如きは原審では全然その主張がなく、当審第二回口頭弁論に至つて初めて主張されたものである。その他、控訴人本人の供述には矛盾があり、右訂正の主張は何れも事実に反する。

と述べた外、原判決摘示事実と同一であるからここにこれを引用する。

証拠関係について、当審において控訴人代理人は甲第三号証の一乃至四、同第四号証の一乃至三、同第五号証乃至同第九号証を提出し証人橋本寿夫、同仲野庄太郎の各証言及び控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第七、八、九号証の成立を認め、被控訴指定代理人は乙第七、八、九号証を提出し、証人津田武次の証言を援用し甲第三号証の一乃至四、同第四号証の一乃至三、同第五、六号証、同第九号証の成立を認め甲第七、八号証は不知と述べた外、原判決事実記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

控訴人が昭和二十六年中その肩書地に木造瓦葺平屋建の家屋一棟(建坪三四坪一合七勺)を新築し、被控訴人がこれに対し右建築資金のうち金四三八、八一〇円は控訴人の父仲野庄太郎からの贈与によるものと認定し、控訴人主張のような相続(贈与)税の課税決定をし、昭和二十七年四月三日これを控訴人に通知したこと、右家屋の建築費が金七四二、三〇七円に瓦代を加えたものであり、右費用中金二八万円は住宅金融公庫からの借入金で支弁せられたことは当事者間に争いがない。

よつて、まず右建築費七四二、三〇七円から右公庫借入金を除いた金四六二、三〇七円の出所について検討する。ところで、右金員のうち金一六二、三〇七円については控訴人は原審においてこれに瓦代一、一六六円を含めて金一六三、四七三円は父から贈与を受けた旨自白していたのを、当審において右自白を取消し、右は父からの借受金でありその後控訴人から毎月分割で返済し昭和三十一年十一月を以て全部完済している旨その主張を訂正し、被控訴人は右自白の取消に異議を述べているので、この点につき按ずるに、控訴人本人及び証人仲野庄太郎は原審並びに当審において当審における右主張と同じ供述をしており、また控訴人本人が同人使用の手帳であるという甲第七、八号証にもこれを裏付けるかのような記載があるけれども、右控訴人本人等の供述する父子間の金銭貸借ないしその返済につき証書等書類の作成がないこと、及び父仲野庄太郎の昭和二十六年度分富裕税申告書並びに同上修正申告書には右貸付金の記載がないことは証人仲野庄太郎の証言(第一、二審共)により明らかであり、これらの諸点に原審証人原光太郎、同川口一三、当審証人津田武次の各証言及び本件口頭弁論の全趣旨に徴するときは、右控訴人本人及び証人仲野庄太郎の各供述及び甲第七、八号証の記載は轍く信用しがたく、他に控訴人の自白が真実に反するものと断じうる資料がない。従つて、右自白の取消は許されず、控訴人はこれに拘束されるものといわねばならない。

次に、前記建築費四六二、三〇七円から右自白にかかる贈与額一六二、三〇七円を除いた残金三〇万円の出所について検討するに、当裁判所の判断の結果は右金員が控訴人主張の如くその手持現金から支弁せられたとの事実はこの点に関する控訴人本人尋問の結果(第一、二審共)は本件口頭弁論の全趣旨に徴し甚だ疑しく、その他控訴人提出の全証拠によるもこれを確認し得ない、その理由は原判決理由(原判決書第六枚目裏第五行乃至第七枚目裏第七行迄)に詳細に説示するところと全く軌を一にするのでここにこれを引用する。尤も控訴人は当審に至り、控訴人主張の手持現金(ズルチン等の製造販売によつて得た金)のうち金一四万円をその後四回位に訴外橋本寿夫に貸付け本件建築をするにつきその返還を受けた旨主張し、当審における証人橋本寿夫の証言及び控訴人本人尋問の結果によると右主張に沿う供述があるけれども、右の事実は当審において始めて主張せられたものであるし、右両名の供述によるも同窓の間柄であるとはいえ右のような相当多額の金銭貸付並びにその返済につき証書等何等書類の授受がなされていないのであり、その他弁論の全趣旨からみて甚だ疑しく、この点に関する甲第七、八号証の記載も信用しがたく、当裁判所の前記認定を左右するに足らないことを附言しておく。

而して、右証人仲野庄太郎の証言及び控訴人本人尋問の結果(何れも第一、二審共)及び成立に争のない甲第五、六号証によると控訴人の父庄太郎は当時においても相当の資産を有し、財産税富裕税の納税義務者であること、控訴人はその長男として本件家屋建築迄父の許に同居し、昭和二十四年三月大阪薬専卒業後同年六月頃から会社の薬品部に、次いで病院薬局に勤務する独身の青年であること、本件建物(建坪三四坪一合七勺)が父庄太郎の所有の宅地の一部に建築せられておりこれにつき何等対価が支払われていないことが認められるところ、右建築費中住宅金融公庫借入金を除き控訴人の主張する金の出所が認め得ず、むしろ疑わしいことは前叙のとおりであり、これらの事実に、原審証人原光太郎、同川口一三、及び当審証人津田武次の証言及び本件口頭弁論の全趣旨を総合して考察すると、右公庫借入金を除く建築費四六二、三〇七円は全部控訴人の父庄太郎から支弁されたもので父の贈与によるものと認めざるを得ない。

果してそうだとすると、右贈与額は既に本件課税決定において認定された取得財産の価額四三八、八一〇円を優に超過しているのであつて、使用瓦の贈与及び敷地の無償使用による贈与額についての争点を判断する迄もなく、本件課税決定の適法であること(控訴人が右財産の取得につき相続税法の規定に従い、贈与税の申告をしなかつたことは控訴人の明らかに争わないところである。)は明瞭である、よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 松本昌三 判事 網田覚一)

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